この記事では、法人の起業に必要な手続について解説していきます。
法人で起業をする場合にも手続が必要になります。
前回の記事でもご紹介したように、個人事業主としての起業でも手続きは必要でしたが、開業届の提出など、比較的簡単な手続きとなっていました。
それに対し、法人での起業の場合には用意する書類が多いなど、個人事業主の開業と比べると、やるべきことが多くなっています。
法人には、株式会社の他、合同会社、合名会社、合資会社という全部で4つの形態がありますが、ここでは、起業の基礎知識として、4つの形態の中で最も一般的な、株式会社を立ち上げる手続き、その中でも最も一般的な、発起設立(会社設立の手続きを行っている人(「発起人」といいます)だけがお金を出し合って会社を設立すること)の手続き(定款の作成・登記申請・各種届出書の提出)について解説していきますので参考にしていただければと思います。
株式会社を立ち上げるにあたっては、まず定款の用意が必要です。
定款とは会社の名前や住所、事業の目的などが書かれた文書で、会社運営や組織そのものの根本規則となるものであり、会社の最上位に位置するルール、会社における憲法のような存在です。
法人を成立させるにはこの定款の存在が不可欠で、法人で起業をする場合には、法的に有効な定款を作るところから始める必要があります。
定款に記載する事項は、大きく3つに区分できます。
法律上最低限記載しなければならない事項である「絶対的記載事項」、一定の効果を生じさせるためには定款への記載が欠かせない「相対的記載事項」、そしてその他の「任意的記載事項」です。
『絶対的記載事項』は、会社法という法律の規定により、定款の中に必ず入れておかなければならない事柄です。
具体的には、「会社の商号」「事業の目的」「本店の所在地」「設立にあたっての出資額等」「発起人の情報」などがあります。
これらの事項は、記載されていないと定款全体が無効になってしまい、会社の設立ができません。
『相対的記載事項』は、入っていなくても問題ないが、それをしたいのであれば入れなければならない事柄です。
例えば、取締役会や監査役(「機関」といいます。)の設置や、株式譲渡の制限に関する規定、現物出資や発起人に対する報酬などの「変態設立事項」など、会社の基本的な組織に関することや、会社財産や株主への影響が大きい事柄があります。
『任意的記載事項』は、入れても入れなくてもどちらでもよい事柄です。
例えば、事業年度や取締役などの役員の数などがこれにあたります。
これらは、法律的には、入っていなくても問題がないものですが、一般的な企業の定款では入れられていることが多いです。
定款は、銀行から融資を受けたり、許認可をとったりするときに提出を求められることがあります。
書かれていないからと言ってそうした審査に影響が出ることはあまり考えられないとは思われますが、書かないことにも特にメリットはありませんので、書いておく方が無難でしょう。
なお定款を作成する方法には、紙で作成する方法と、電磁的記録として作成する電子定款の方法の2パターンがあります。
紙で定款を作成した場合にはい印紙税がかかりますが、電子定款であれば印紙が必要ないので、定款を作成する際には、電子定款を利用するのもよいでしょう。
定款の内容は、会社自身のみならず株主や会社債権者にも影響が及ぶ重要なものであり、この定款が法律に則ったものでなければ、会社の設立が法律上は認められません。
そのため、起業時の定款(「原始定款」といいます)に関しては公証役場で、公証人の認証を受ける必要があります。
認証を経ることで、正当な手続により定款が作成されたということを証明してもらうのです。
認証は、本店の所在地がある都道府県内の公証役場の公証人が行います。
また、認証に当たっては、公証人に対して5万円の手数料を支払う必要があり、その他に、印紙税4万円、その他謄本等の若干の手数料を納めなければなりません。
なお、電子定款の場合、オンラインで認証手続を行うことが可能で、印紙税の納付が必要ありません。
そのため、起業のための費用を抑えたい場合には、電子定款を選択するのがよいです。
電子定款には、電子証明書付きのマイナンバーカードとICカードリーダライタ、または電子証明書と電子署名のためのアプリケーションなどが必要となります。
それらを用意し利用できる人であれば、自分で電子定款を作ることができます。
自分でできない場合には、電子定款に対応できる行政書士や司法書士などの士業者に依頼するとよいでしょう。
定款の作成が終わったら、資本金の払込を行います。
株式会社を設立するには、あらかじめ決められた金額を実際に用意しなければなりませんが、そのために行うことが資本金の払込です。
会社は、基本的には商売、すなわち、物やサービスの売り買いをするために存在するものです。
そして、物やサービスの売り買いには、お金が必要になりますから、会社がお金を持っていなければ、商売をすることができません。
そのため、会社を設立する際に、その会社が商売をするのに必要なお金を実際に用意しなければならないのです。
この、会社が商売をするために用意されるお金のことを「資本金」といい、その資本金を銀行口座などに払い込むことが資本金の払込です。
資本金の払込というと、資本金を会社の銀行口座に払い込むことをイメージされる方も多いと思いますが、この設立時の資本金の実際の払い込み先は、会社の銀行口座ではなく、その会社の資本金を支払うことになっている人の銀行口座になります。
なぜかというと、資本金の払込時点では会社は成立していませんので、会社の銀行口座を開けておきたくても開けることができないため、会社の銀行口座に資本金を払い込めないからです。
そのため、この会社設立の時に行われる「資本金の払込」では、資本金の払込を行う人の銀行口座にお金を振込んでおき、会社設立の手続きが終わって実際に会社の銀行口座が開設された後に、その個人の銀行口座から会社の銀行口座へ振り込むことになるのです。
定款を作成し、資本金の払込が終わったら、「登記」を行います。
法人は、この登記をしないと、法律上は設立されたことになりません。
個人の場合にも、商号の登記というものがありましたが、商号登記をしなくても、個人事業主として事業を始め、取引を行うことができます。
しかし、法人の場合には、登記をしないと会社の誕生が認められないので、会社として取引をすることができません。
そのため、法人の場合には、必ず登記を申請しなければなりません。
なぜ、このような違いがあるかというと、法人、会社というものは、個人と違って実体のない、書類上の存在だからです。
これまでの法人の設立手続きで見てきたように、会社に関して存在するものは、定款という書類だけです。
資本金も、この時点ではまだ個人の銀行口座の中にありますし、会社の所在地にある建物も、通常は、会社をつくろうとしている人の持ち物であるか、または、不動産屋さんなどから個人が借りた建物などでしょう。
個人事業者には、顔や身体など、はっきりとした実態が存在しますが、会社には、顔や体などのはっきりとした実態はありません。
そこで、会社をつくる場合には、会社というものが存在するよ、という誰にでも認められてもらえるような証が必要になるのです。
その証が登記というものなのです。
そのため起業後も、商号の変更や本店の所在地が変わった場合には、その変更の登記をする必要があります。
また、許認可の取得や重要な契約締結の場面などでは、その会社の存在性を確認するため、登記関連の資料の提出を求められたりします。
逆に、取引を開始する時には、登記をとって確認することが必要になることもあります。
大きな取引をする際に、相手の会社がちゃんと存在しているか、そもそも、信用できる会社であるのかを確認しないと、大金を支払ったけれど、その会社から商品やサービスを受け取れず、お金だけをだまし取られた、といったことにもなりかねません。
そうしたことを防ぐために登記のは使われますので、登記は正しくしっかりと行う必要があります。
話がそれてしまいましたが、元に戻って、登記申請をするために必要な書類についてです。
登記申請に当たっては、以下の書類を揃えます。
など
場合によっては「代表取締役の就任承諾書」や「監査役の就任承諾書」などが必要になることもあります。
また、現在では、提出義務はないのですが、提出しておいた方がよいものに「印鑑届出書」「印鑑カード交付申請書」があります。
「印鑑届出書」は、会社の印鑑(通常は代表者の名前が入っている「代表者印」)を国に登録するための書類、「印鑑カード交付申請書」は、登録された印鑑の証明書(「印鑑証明書」といいます)を発行してもらうのに必要な「印鑑カード」というものを発行してもらうための書類です。
以前は、これらの書類は提出が必要だったのですが、新型コロナウイルスが発生して、感染防止のために印鑑の使用を減らそうという流れの中で印鑑の届出は義務ではなくなったそうです。
実際、国や地方自治体に提出する書類では押印が求められなくなってきているのですが、民間では、契約の締結時に捺印を求められることが多く、また、銀行口座の開設時に印鑑証明書の提出を求める銀行があったりします。
そのため、電子契約などが一般的になるまでは、「印鑑届出書」「印鑑カード交付申請書」も提出しておいた方がよいでしょう。
登記申請に当たり、どのような書類が必要になるのか、またその準備に関しては、司法書士などの専門家に相談・依頼するのも良いでしょう。
必要書類が用意できたら、会社の所在地を管轄する法務局に直接書類を持参して申請をするか、郵送で書類を提出して申請をします。
会社の所在地を管轄する法務局については、以下の法務局のページで調べられます。
【法務局 管轄のご案内】
https://houmukyoku.moj.go.jp/homu/static/kankatsu_index.html
設立の登記を行うと、会社が成立します。
しかし成立して終わりではなく、そこからがスタートです。
事業、取引を開始することはもちろんですが、個人事業主の起業と同じように、税務署や都道府県・市町村役場、年金事務所、ハローワークなど、必要に応じて各種届出を行います。
会社は毎年法人税等を納めることになりますので、税務署に対しても会社が成立したことを通知し、会社の名称や決算期など税務に関わる情報を伝える必要があります。
そのために「法人設立届出書」を作成し、提出しなければなりません。
また、従業員を雇う場合には「給与支払事務所等の開設届出書」も作成および提出しなくてはなりません。
従業員の雇用から、1月以内に「会社の所在地」「開設日」「役員や従業員の情報」を記載して税務署に提出しましょう。
その他税務署に届出を行う可能性がある書類としては以下のようなものが挙げられます。
都道府県・市町村役場に対しても「法人設立届出書」の提出が必要です。
こちらは「法人県民税」や「法人事業税」といった地方税を納めるために必要な手続です。
エリアごとに提出物の違いがありますので要確認です。
健康保険や厚生年金保険などの社会保険が適用される事業所(従業員を雇う場合だけでなく、取締役だけに報酬を支払う場合でも適用されます)であるなら、会社の設立から一定期間内に「健康保険・厚生年金保険新規適用届」や「被保険者資格取得届」などを提出しましょう。
その際、法人番号指定通知書や登記事項証明書のコピーを求められることがあります。
「法人番号指定通知書」とは、国税庁から送られてくる書類で、その名の通り、法人番号(マイナンバーの法人版です)を通知するものです。
こちらは、一度発行されると再発行されません。
また、仮に、法人番号指定通知書が郵送されてきたときに、その通知書に書かれた住所(登記上の本店所在地)のポストに、その法人の名前が出ていないと、「宛所不明」として返送されてしまいます。
返送された場合でも再送はされませんので、登記をしたら早めにポストに法人の名前を書き入れるなどして、通知書を受け取れるようにしておきましょう(「法人番号指定通知書」は普通郵便で送られてきます)。
なお、法人番号指定通知書をなくしてしまった場合や受取れなかった場合には、国税庁の「法人番号公表サイト」で自社の情報に関するページを印刷して提出してください、という案内が国税庁からされています。
そのような場合には、以下リンク先で、自社の情報を検索してみてください。
【国税庁 法人番号公表サイト】
https://www.houjin-bangou.nta.go.jp/setsumei/shinsetsuhoujin/
さて、話が少しそれてしまいましたが、年金事務局への届出について、届出に当たっては、期限内に添付書類も用意し、届出を行います。
電子申請により効率的に手続を行うことも可能です。
なお、以前は、従業員がおらず、取締役などの役員しかいない会社で、そうした役員に給与を支払う場合には、社会保険の適用がなかったのですが、現在は、従業員がいなくても、役員に給与を支払う場合には、社会保険の適用が必須とされています(雇用保険は、役員は被雇用者ではないため加入できません)。
仮に、年金事務所に届出をしなかったとしても、現在は、税務署から年金事務所に給与支払いに関する情報が連携され、年金事務所から届出を求められます。
その届出をせずにいると、追徴金を課せられたり、刑事罰を受ける恐れがありますので、起業をするときには、役員に給与を支払うのかを検討の上、支払う場合には、年金事務所への届出も忘れないように気を付けましょう。
雇用保険に関して、公共職業安定所(ハローワーク)に対し「雇用保険適用事業所設置届」「雇用保険被保険者資格取得届」を提出しましょう。
従業員を雇用してから10日以内に提出することが求められます。
こちらも電子申請が可能です。
従業員の雇用をしたのなら、労働基準監督署に対し「労働保険関係成立届」「労働保険概算保険料申告書」を提出しなければなりません。
また、常時雇用する従業員が10人以上なら「就業規則届」を、時間外労働や休日出勤があるなら「時間外労働・休日労働に関する協定届」も必要になります。
さて、今回は、法人の起業について、株式会社を立ち上げる手続きについて解説しました。
株式会社を立ち上げるには、①定款の作成・認証をして、②資本金の払込を行い、③設立の登記を行うのでした。
この設立の登記をすることにより、株式会社は成立し、会社として取引を行うことができるようになるのでした。
そして、会社が成立した後には、税務署などの役所に各種の届出を行うことも必要でした。
このように、法人としての活動を始めるには、個人事業主として活動する場合よりも多くの手続・届出そして費用が必要になります。
手続きに時間をかけられる人であれば問題はないかもしれませんが、そうでない場合には、これらのすべてを実際に行うのは難しいかもしれません。
そのような場合には、多少の費用はかかりますが、時間を有効に活用できますので、予算と折り合いが付くのであれば、行政書士や司法書士など、公的資料の取扱いや手続きに慣れている専門家に依頼するとよいでしょう。
法人で事業を始める場合には、ぜひ、上記のようなことを参考にしてみてください。